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「医療維新」勉強会スペース 振り返り

(文責:興梠丈夫)

 

さる2024年3月23日、次世代運動は、日本維新の会が本年3月7日に発表した医療政策提言である「医療維新」を論評するXスペースを開催しました。

 

録音はこちらからお聞きになれます。

 

「医療維新」は、国政政党による、主に医療介護を中心とした社会保障負担の世代間格差の問題提起、そして具体的な制度改革に踏み込んだ恐らく最初の例であり、とても画期的なものです。

 

この提言の内容は、かつてからいわゆる反サロ派や次世代運動が盛んに発信してきた社会保障制度のゆがみおよびその解決方法にスポットライトを当てているので、次世代運動側としても賛同できる点がとても多いものです。いくつか例をあげれば、医療費自己負担一律三割化、生活保護受給者の自己負担額見直し、高額療養費制度見直しなどは間違いなく社会保障改革を志す人ならば皆が賛成するところでしょう。

 

一方、提言の中には分かりづらい点、また当然ながら賛同しかねる部分などもあります。

 

これらを各出演者が提示し合い、内容を分析するという形で議論が進行しました。

 

司会を勉三氏(インフルエンサー、『次世代運動』共同発起人)が務め、医療従事者として中田智之氏(歯科医師)と東徹氏(精神科医、『薬剤師に処方権を』署名活動発起人)の2名、現役世代として北村達哉氏(社会運動家、『次世代運動』代表)と興梠丈夫(大学生、本稿筆者)の2名、日本維新の会を代表する立場として石川雅俊氏(医師、政治家、元厚労省技官)がそれぞれ出演しました。

 

精神科医の東氏は「薬剤師処方権を推進してきた立場としては、お茶を濁さずに『薬剤師処方権』を明言したのはすごく大きいことと感じる」と述べ、また、医療DX特に「1国民1カルテ化」や、診療報酬変動制の導入、慢性疾患診療報酬包括化などを称賛しました。歯科医師の中田氏は高額療養費制度見直しを「かなり踏み込んだ内容」とし、そしてより本質的な医療制度改革である医療人材の職能再編に紙幅を割いて提言している点も評価しました。このほか、出席者からは、かかりつけ医の制度化、OTC薬(いわゆる市販薬のこと)保険適用の見直しなどに対して肯定的な意見が出ました。

 

OTC薬保険適用見直しに関連して、東徹氏は「薬剤師がもっと権限を持たなければ薬剤師が職能を発揮できないというのが署名活動の根幹理念だが、一般の人にわかりやすいところで言えば、薬剤師に処方権があることで(薬局で)相談して薬を買える。医師の診察を介して同じようなことをすると医療費も患者自己負担も高くついてしまう。薬剤師処方権のおかげで医療費も圧縮でき、患者はより簡単に(医療に)アクセスできるようになる」と述べて「薬剤師に処方権を」署名活動の意義を解説しました。これを皮切りに、タスクシフト、薬剤師も含めたコメディカルの現状などについて出席者から意見が飛び交いました。

 

その他、石川氏が「リフィル処方箋(繰り返し利用できる処方箋)やOTCへの誘導なども重要だが、疾患によって薬局で診るのかどうかなどというところを選別していくべきだ。医療維新に関していえば、しがらみのない政党として、①負担と給付の見直し、②医療提供体制の改革、③成長産業としての医療・ヘルスケア、という三点について業界団体等の邪魔があるなかでしっかりと盛り込んだのはいいことだろうが、給付の抑制に偏りがちな点や医師の給与の処遇など、他にも考えなければならない点はある」と発言したほか、増えすぎた医療従事者が医療以外の他産業の基盤を人手不足により破壊しかねないことに対する懸念を複数の出演者が口にしました。

 

評価できるポイントは各出演者でおおむね一致しており、異論はほぼありませんでした。

 

その後、議論の主眼は「医療維新」の不満な点についてへと移ります。

 

中田氏は、「既に類する制度が存在しているので、低所得者等医療費還付制度の創設は必要がない。マイナンバー制度を利用した資産の把握という仕組みも、すでに生活保護支給の際に資力を把握することができるので、わざわざ新たに作るのはむしろ有害だ」と述べました。これに応じて、石川氏は低所得者は医療費自己負担が低くモラルハザードが起こっているという事実を指摘し、また「本来なら子どもにも自己負担を請求すべきである」と維新の政策に対する批判を展開しました。

 

この他、中田氏は、後期高齢者医療の税財源化について、「現役世代の社会保険料がガクっと減るというインパクトをもたらすが、消費税率引き上げの際の軽減税率適用品目をどうするかなどの議論が面倒である。そして、『医療維新』は、実際に政策として落としどころを探ると一定程度の譲歩を要するのではないかと考えられ、結果として主要な内容が骨抜きになり、消費税率のみが上がるという結果をもたらすのではないか」と賛同しない意を表明しました。一方、勉三氏は「税財源化は社会保険料率が垂れ流し的に上がっていく状況に対するストッパー的役割が期待できる。消費税財源化すれば現状と違い高齢者もある程度痛みを伴う負担を享受することになる」と、肯定的な評価を表明しました。

 

東氏は、そもそも自己負担一律三割化は全世代の処遇を公平にすることが目的であると指摘し、後期高齢者医療だけを税財源化し福祉化するのは筋が通らないと主張しました。

 

不肖・興梠も、出産を保険適用によって無償化する方針に異を唱えました。出産は不測の病気やけがと違い回避可能であるという点が本質的に違うので、「保険」という制度になじまないという論旨です。保険適用するにせよ三割の自己負担を求めるべきであるとも発言しました。一方、産科は現在は自由診療であるため自由な価格設定が可能だが、保険適用して公定価格で運営し出産一時金引き上げに伴う便乗値上げを防ぐべきではないかという意見、保険適用すべきではないが無償化はあってもいいのではないかという意見などが出された他、また出産の際の自己負担を巡っての意識についてなど医療制度の枠にとどまらない白熱した議論が展開されました。

 

その他、興梠はかかりつけ医制度について問題提起しました。かねてから東氏はX(旧Twitter)上で反対の意を明確にしていたので、少し議論のタネになるのではないかと考えてのことです。興梠がかかりつけ医制度に賛成する理由は、主に、①患者がかかりつけ医を選定する過程で開業医に患者獲得競争が起こることで開業医の淘汰が進んだり医療の質向上が期待できる点、②公的な医療制度の持続性を向上させるための取り組みの一貫としてフリーアクセスの制限は望ましいと考えられる点、の2つです。これに対し、東氏はじめ勉三氏なども「フリーアクセスの制限は自己負担率一律三割化、つまり価格メカニズムによる供給制限でかなり達成できるし、社会主義的な統制を加えるよりもすっきりしていると思う」と発言しました。

 

石川氏は、かかりつけ医に関連して、「欧米では普及している家庭医が日本では全く足りていない。これをどう整理するかも重要」と指摘しました。東氏はこれに対しても不満の様子で、「精神科医はかなり家庭医に近い存在と思うが、大した仕事ではない。そんなものが制度化されれば既得権益になっていくのではないか」と応じました。

 

家庭医の話題から派生して、他国の医療事情に対する言及や、終末期医療に関する議論が行われました。出席者は「老化をあれこれ取り繕って病気として扱うのをやめなければならない」「エビデンスベースで保険適用すべき治療とすべきでないものを選別すべき」「保険者機能を抑制すべき」などと述べました。

 

こうして議論も煮詰まってきたところで、視聴者による意見表明が行われました。

 

最初に発言したのは薬剤師のオックー氏で、OTC薬がかかりつけ医のような役割を果たすのが良いのではないか、あまりお金をかけずに健康になる方法を模索すべきではないかという提案がありました。後者に付随して、「テクノロジーによって操作できないところ、例えば生活習慣のようなところにしかもはや健康の伸びしろがない」、「実際には健康寿命は大して延伸していない」、「人々の行動変容を促すのは最終的にはカネである」といった指摘が相次ぎました。

 

続いて、維新の会の足立康史衆議院議員が発言しました。まず足立議員は、勉三氏が議論の初盤で「コロナ前ならばこうした提案は提案しただけでも大変な炎上が起こり、議員の政治生命すら脅かしかねなかっただろう」と発言したことに触れ、「『医療維新』に対する炎上の規模がそこまで大きくないのは、情勢が変化したというよりは、単に我々の政策が広く知られていないということだ」と述べ、「『高齢者の医療費自己負担三割化』という題目を街頭で発言するのも躊躇する」とも指摘し、こうした提案は政治的には依然厳しいという認識を示しました。また、後期高齢者医療の税財源化について、「保険料は逆進性が強く、消費ベース、資産ベースの課税と比べて現役世代に重い負担を押し付けることになる。従って、保険料をこれ以上拡張することは望ましくない」と発言した上で、「後期高齢者に対する特別な診療報酬体系を導入しても良いのではないかとの議論がある。こうしたことも含めて、後期高齢者医療に対する根本的な議論を行ってもよいのではないか」と主張しました。足立議員はさらに、税財源化の原資は歳出削減のほかに消費税や資産税によりねん出するのが望ましいと発言しました。

 

こうした財源論に関して、「資産税は私有財産制の否定である。消費税はともかく、日本の世論の傾向からして、資産に課税するという議論は『金持ち憎し』という感情に根付いてしまう可能性が高く、資本主義そのものを否定する流れになる」「社会保険というシステムの本筋からして、資産が多いからという理由で多くの負担が求められるのはおかしい」「テクニカルな議論に惑わされて『医療の削減』という本筋が全く見えなくなる」「応能負担ではなく、応益負担の話をしている」などと異論が噴出しました。

 

その後、足立氏はそうした出演者のスタンスを踏まえ、医療維新に盛り込むことができなかった混合診療(保険診療と保険外診療の併用のこと。現在の日本では基本的に禁止されている)に関する出演者の見解を質しました。言うまでもありませんが、出演者は主として混合診療には肯定的でした。また、子ども医療の無償化に関しては、足立議員は「本音でも反対だが、政治的には子どもへの分配を打ち出さなければならない空気がある。子どもの機会平等という観点から、子どもにかかる費用は親の所得にかかわらず低減すべきだという議論もある」と述べ、維新の方針への理解を求めました。

 

続いて、救急医のくず氏が発言しました。くず氏は「自己負担の適正化が何よりも大事だが、高額療養費制度があるおかげでそれだけでは医療費抑制は足りないのではないだろうか」と懸念を表明しました。関連して、東氏は、「認知症の社会的入院という現象は、入院が高額療養費制度のために老人ホーム入居よりも費用が安くなるために発生している」と述べ、制度への不満を表明しました。

 

スペースの締めで、次世代運動代表の北村氏は、「なかなか自分にはテクニカルなことは話せなかったが、自分のように勉強はできない、詳しいことはわからない人間にも税金をたくさん払っている人はたくさんいると思う。自分の役割は、インテリではないような人々にもアプローチして、いずれ老若男女いろいろな人が社会保障費や社会保険料の高さを気軽に話題に出せるようにすることだと決意を新たにした」と語り、あわせて聴衆に次世代運動への寄付を呼びかけました。

 

 

 

今回のスペースは、自己負担一律三割化はあらゆる医療改革に先立つものであるということを浮かび上がらせました。後期高齢者の医療費自己負担が一割となっていることが、後期高齢者の過剰受診をもたらし、医療費を増大させ、現役世代に過大な負担を負わせているという現状に対する不満が我々の活動の根底にあるということを今一度確認しておくべきだと考えます。この点に関連して、個人的に興味深かったのは、東氏など、日々臨床の現場に立っていたり、医療と深くかかわっている立場の出演者が、「受診抑制は一律三割化だけで十分だ」という肌感覚を口にしていたことです。やはり大きなインパクトのある施策なのでしょう。一律三割化の達成だけで5兆円程度の財源を生み出せるという試算もあります。これは即効性のある大改革なのです。

 

「医療維新」が画期的な政策提言であることは論を俟ちませんが、一方、スペース中でも足立議員が指摘していたように、混合診療の解禁など、重要と思われても「医療維新」が包含していないものも多々あります。時間の都合上、こうした点に関する議論は不十分なまま議論は終わってしまいました。

 

上記の点に関して筆者の個人的な意見としてを書かせていただきますと、まず、診療報酬の人頭包括払い化なども議論の俎上に載せて良いのではないかと考えます。人頭包括払い化とは、一人当たりの医療保険給付額に上限を設ける方法です。現在のような出来高方式で加算が積算される体系では診療報酬は青天井に積み上げることが可能で、医師側に患者の通院回数を増加させる強いインセンティブを発生させるものとなっています。しかし、包括払い化により、医師サイドからそうした過剰医療の動機を消滅させられることが期待できます。慢性疾患に関する診療報酬包括払い化は「医療維新」にも盛り込まれていましたが、慢性疾患のみに限定する理由は必ずしもないのではないでしょうか。

 

また、私がスペースの最後でも述べた通り、医療費の増大は高齢化だけでなく高度医療の寄与も非常に大きいことから、主に外来に関する制度変更である一律三割負担にとどまらず、まさにくず氏の指摘したような、そして「医療維新」でも触れられている高額療養費制度の見直しを強力に進めたり、入院適応の厳格化、高額な医薬品の保険収載の是非をより厳正にチェックする仕組みの検討などが不可欠だと考えています。そうなると、どうしても今後の話の軸は高齢者福祉の削減という領域を超えて「公的な医療の制限」まで達せざるを得ず、より込み入った議論を余儀なくされるでしょうし、更なる政治的困難にも直面することになりそうですので、やはり現段階としては今の「医療維新」の内容でも十分に及第点を与えられると思いますが、「医療の高度化」というファクターの存在を考慮すれば、この提言はまだ医療改革のスタートラインに立ったに過ぎないと言えましょう。

 

医療制度改革は、維新のような政党・政治団体・政治家のみならず、我々国民一人ひとりの覚悟を問うものでもあります。更なる議論の深化に切に期待しております。

 

 

 

スペース 各パート早見表

 

開会 5:35

出演者自己紹介 7:03

「医療維新」賛同ポイント列挙 13:57

薬剤師・コメディカルへのタスクシフト等の議論 24:30

「医療維新」反対ポイント列挙 45:30

オックー氏発言 1:24:50

足立議員発言 1:36:25

くず氏発言 2:01:00

出演者一言コメント 2:11:40

 

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